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2017/5/15(月)夢枕の雪男

今夜のYoutube

昨年は旧グルジアの女性アーティストNino Katamadzeさんのバンドを再認識して惚れ込んでしまい、ほとんどそれしか聴いていないと言っても過言ではないような状態であった。実は今年に入ってからもその麻疹は完治しておらず、最近でもほぼ毎日彼女等の音楽を聴いていろんな事に思いを巡らせている。

昨年は彼女等の幾つかの楽曲について個別に日記を書いていろいろと想像を膨らませてみたが、それは自分自身、ちょっと刺激的な体験であった。先日また彼女等の音楽を聴いていて、もう一曲日記を書いてみようと思った曲がある。

1stアルバム"White"で発表され、2ndアルバム"Black"で別ヴァージョンが収録されている"I Will Come As A Snow"という曲である。まるで謎々のようなタイトルの曲だ。「私は雪のようにやってくる」。はて?どういう意味なのだろう?歌詞の英訳を見付けたが不可解な歌詞である。

先日、就寝中の事、夢に旧友Cが出てきた。いろんな断片のような抽象的な夢だったが、確かに彼は出てきた。

旧友Cは25年程前に僕が一番仲が良かった男である。以前こんな日記で彼の事を書いた。Nino姐さんの楽曲"Autumn"の日記の時も彼は登場した。「夢枕」とちょっと縁起でもないとも取れるタイトルにしたが、彼は20年程前に行方不明になってから音信不通であり、実際もう亡くなっていても不思議ではないと思っている。勿論今でも何処かで生きているかも知れない。僕が今まで出会ってきた人々の中で、明らかに僕よりも苦しんで生きてきたと断言出来る男、C。

実は最近、自分はもう長くは生きないのではないかという予感に囚われる事がある。自殺という事ではなく、例えば病気や突然死等の原因による死が迫ってきているのではないかという事である。大した根拠は無いので、こういう事を思う人間に限って長生きするものなのかも知れない。

自然界の動物や昆虫の中には、ある一定の営みを終えてある季節が来ると自然に死んでいく種がいる。例えばメスと交尾して子孫を残したら死んでいくもの、ある一定の日数/年数を生きたら死んでいくもの…。

僕もそういうケースと同じで、一生でやるべき事はもう成し遂げたとふと感じる事があるのだ。だから僕もそういう生物のように、もう近々消えていくのではないか、と。

ただ僕は今まで結婚もしていないし子供も残していない。大衆の記憶に名前が残るような仕事や偉業を成し遂げた訳でもない。そういった者がそんな事を感じるのは異常なのかも知れない。実際、最近まではそういう思いは自分にもあった。

しかし、最近はそれでももう自分は一生を全うしたのではないかと思う事があるのである。僕はそんなに大した人間ではないと思っているので、他人のような結果が出せなくても、それは僕という人間としては一生を全うしたという事もあるのではないか、と。「去る者は日々に疎し」という諺があるが、仲が良かった者でも去った後は記憶は薄れていくものだし、増してや自分と同じ時代を生きた者達もこの世を去り次の世代になっても名前が残っているようなケースの方が例外中の例外と言える。そんな偉業を成し遂げられなくたってそれは異常な事ではないと思う。だから一生を全うしたと感じる事は満足感も伴っている。

そんな折、Cが突然夢に出てきた。人は死ぬ時に過去が走馬灯のように回るというが、そんな意味で彼は現れたのかも知れない。正直僕はちょっと意外だった。そういう時に現れるのは多分女性ではないかと思っていたからだ。一生を振り返る時にやはり自分が好意を持った女性というのが一番大きな出来事の一つとして認識されると思っていたから。でもそこにはCが現れた。勿論、僕にとって彼が現れたのは嬉しい事であった。夢の中で会えるだけでも嬉しいと思える友人だから…。

そんな事を考えながらこの楽曲"I Will Come As A Snow"を聴いている。Cの事を「雪男」呼ばわりしたが、彼女が言う「雪」の意味が少し解る気がする。雪は白い。ニュートラルな色で我々の目前に現れ、数えきれないほどの雪の粒(?)が同じ姿で降ってくる。まるで結局は優劣の無い無数の人間のように。そして、万年雪も存在するけれども、人間が生活する地域の雪はすぐに融けて無くなっていく。Nino姐さんも自らを雪だと名乗っている。Nino姐さんは多分その例外中の例外で後世まで名前が残るのではないかと感じているが、本人は周りの皆と同じように雪の如く自然に現れて消えていく存在だと思っている。まあ、そういう無欲の人でなければこういう音楽は作れないのではないかとも感じるのである。

はて、僕は彼女等の音楽を深く理解してきているのであろうか?それともどんどん理解から遠ざかっているのであろうか?まあ、良い。そんな事をいろいろと考えさせられるのが他と違う彼女等の音楽の特長である事は確かだ。




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コメント

Come As You Are

「山手レコーズ」の日。
雨模様の中、早めに家を出したのに運悪くJR埼京線・池袋駅で人身事故が発生。
山手線も止まっていた。
遺体がバラバラに散乱したのか、ホームの一部に黄色い規制線が張られ、
ブルーシートで覆われていた。
飛び込み自殺は消極的な「自爆テロ」なのかもしれない。
自己消滅への誘惑。
前衛芸術家の草間彌生さんは、私が消えた後も作品は残ると語っている。

Re: Come As You Are

>sknysさん 久しぶりのコメント有難う。

最近はあまり無くなったが、オウム事件の頃中央線沿線に住んでいたので頻繁に鉄道自殺に遭遇した。
確かに「自己消滅への誘惑」は禁断のテーマとして存在する。
生まれてきて一度しか味わえない、しかし誰もが経験する死。
その死を自分のオリジナルな作品として作り上げられる可能性…。

草間彌生氏のアートはトライポフォビア(集合体恐怖症)的なものを感じるが、この手のものも惹かれ始めるといけない領域に入ってしまいそうで恐怖と魅力の間にあるものを僕は感じる。

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