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2017/6/20(火)故郷について考える

今夜のYoutube

今月は更新が滞ってしまう事が多いが、そんな時は無理をせずに自然に行こうかと思う。

大学時代には参加者が少ない軽音楽サークルに入部してこじんまりとバンド活動をしていたが、そのサークルの一つ上の男性の先輩の卒業ライヴでの企画が「家について」というものだった。「家」について歌ったカヴァー曲ばかりを演奏曲に揃え、合間のMCで家とは何かという事を懇々と説くというものだった。にぃブログでも今年採り上げたビリー・ジョエルの無名曲"You're My Home"等を採り上げていたと記憶している。



当時の僕は「また奇妙な事をやっているな」と半ば呆れた気持ちでそのライヴを観ていたが、不思議なもので、最近は僕自身そういう企画が好きになってしまい、にぃブログでも音楽に関してしばしばそういう奇妙なテーマの日記を書いている。

その男性のテーマは「家」であったが、先日ふと「故郷」について考えてみた。

故郷(こきょう/ふるさと)とは何か?検索すると「生まれ育った土地」と出てくる。僕的解釈ではここに「或いは両親や親戚の生まれ育った土地」という一文を加えたい。要するに自分の幼少期に縁がある土地という事だ。

昨年末、思い立って新潟県の柏崎から出雲崎に旅行してきた。出雲崎については以前あんな日記そんな日記を書き、実際に訪れてみてこんな日記も書いた。僕の一番古い記憶の一つに残っている、辺り一面に蛍が飛んでいる田舎道の風景。その場所ではないかと思われる坂の下にある何でもない十字路を訪れる事は僕にとっては有名都市の有名観光スポットを訪れるよりも遙かに大きな感動をもたらす出来事であった。

実は僕の父親は新潟市の出身で、新潟県には幼少の頃に何度も訪れていて出雲崎にも幼い頃に訪れた事があるそうだ。出雲崎に行ったという記憶はほとんど残っていないのだが…。出雲崎は元々僕の故郷と呼べる土地である訳だ。

そう、故郷の故郷たる所以はこういう事ではないかと思う。人間は長く生きるに従って遠い昔の出来事がだんだんと重い価値を持ってくる。その重いものを沢山抱えている故郷という土地は他とは違った魅力を持つ場所になってくるのである。

でも僕はここで待てよ、と思うのである。確かに僕の記憶の中のあの風景は昔の出来事だが、その場所であろう場所を約40年ぶりに訪れてみるというのは現在(最近)の出来事だ。大体、昔を懐かしく思う事は好きである一方、過去に固執する事は大嫌いなのである。昔の記憶に残る場所は感動を与えてくれる一方で、生まれてこの方一度も訪れた事が無い場所というのも違った感動を与えてくれるものである。その感動の大きさが故郷の存在意義であるとするならば、初めて訪れる場所だって故郷と呼び得るのではないだろうか?僕には全世界の無数の故郷が存在している。そう、僕はジプシーのような流れ者の魂を持っている。いや、流れ者は故郷を持たないのか…。混乱してきたな(笑)。

最後にもう一本貼ろう。もう僕の新しい故郷になりつつあるジョージア(旧グルジア)のトビリシである。バックに流れるご当地ソング"Tbiliso"も雰囲気である。




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